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2014,3月

K氏曰く「四十にして・・・」

 「四十にして惑わず」とは論語に記された孔子の言葉としてよく知られています。人生80年時代と云われて久しい現代においては折り返しとなる40歳は如何なる年と人は表現するのでしょうか。

 今回ご紹介するK氏はまさに不惑の40歳の開業税理士です。K氏とお会いしたのは14年前の3月です。彼の経歴は衝撃的で今でも記憶に残っています。

 K氏は中学3年生の時に教師への不信感がきっかけとなり高校へは進学せず大学入学資格検定(大検)を受験するために予備校へ通います同検定の科目に簿記会計の科目がありその科目との出会いが税理士への道へ繋がるのです

 K氏は大検に合格し高校卒業の資格を得ると大学進学ではなく税理士試験に直結する大手簿記専門学校へ進学します。入学し2年間の在学時に日商簿記2級そして1級に合格し税理士試験の受験資格を取得します(現在は1級を取得しなくても専門学校を卒業すれば税理士試験の受験資格は得られます)。

 専門学校を卒業後は税理士試験の専科に進み受験に専念します。1回目の受験で財務諸表論と法人税法に合格、2回目の受験は阪神大震災の影響で同地域に住んでいたK氏は勉強が出来ず不合格となりましたが3回目の受験でなんと簿記論、所得税法、消費税法の3科目に同時合格し23歳の若さで税理士有資格者となったのです

 職歴は税理士試験の3回目の受験後に地元の個人事務所へ入りますが、上記の通りその年の税理士試験で5科目合格を果たし個人事務所では税理士有資格者の居場所がないことを知り1年で退職します。

 次は税理士を必要としている監査法人系のコンサルティング会社へ転職します。入社早々東京事務所勤務となり税務会計業務だけでなく付随するコンサル業務も担当します。仕事のレベルも高く本人の向上心もあり日々充実感はありましたが外様(とざま)扱いで東京中心の社内風土が合わず上司と相談し大阪事務所へ戻ります。しかし仕事のレベルが下がりやりがいを得られず結局2年強勤めた後退職し人材紹介アイの求職相談に来ました。

 K氏の希望は勤務税理士を必要とする業務レベルの高い会計事務所の紹介でした。当時関西では勤務税理士のニーズは資産税業務と医業特化業務の会計事務所に限定されていました。人材紹介アイからはK氏の前職でのキャリアもあり顧問先レベルの高い資産税では有名な会計事務所を紹介しました。

 26歳の若さで税理士でもあるK氏への風当たりは強く同事務所でも人間関係の壁となって現れます。先輩所員から業務協力を拒まれるのです。孤軍奮闘を余儀なくされ結局半年後に同事務所を去ることになります。

 会計事務所での勤務を断念したK氏は企業への転職に方向転換します。ITブームもありIPO(株式公開)を目指すソフトウエア開発会社の経理財務職に応募、驚くことに総務部長という厚遇で迎えられます。期待に応え決算申告業務以外にベンチャーキャピタル対応、監査法人対応、増資手続き、株主総会の議事進行等もこなし混乱していた管理業務を立て直します。

 半年後に仕事にも自信を持ったK氏は総務部長として信頼を勝ち得た椅子を捨て税理士としての自身を試すべく独立開業の道を選択するのです。そして退職した上記会社が最初の顧問先となってくれたのです。27歳でのあまりにも若い独立でした

 その後は顧問先も順調に増え安定軌道に乗ったころに業務展開を図るべく知り合いの二人の税理士と大阪市内で合同事務所を設立します。しかし3年後に参画した一人の税理士の再度の独立希望を機に合同事務所は解散しK氏も単独で大阪市内で再度事務所を構えることになります。

 今回K氏を訪ねたのはフェイスブックのK氏の投稿を目にしたのがきっかけです。記憶の中にK氏の思い出が鮮明になり今回のブログでの紹介の承諾を得た次第です。23歳で税理士試験に合格、27歳で独立開業をし税理士として一時代を走り抜けたK氏は今不惑の年の40歳です

 K氏に40歳の心境を尋ねました。K氏曰く「四十にして動かず、次に備える」と。

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