会計事務所(税理士事務所・公認会計士事務所・税理士法人)、企業経理財務職の求人・就職・転職なら人材紹介アイ 大阪|京都|神戸|滋賀|奈良|和歌山

お役立ち情報

‘アイ・縁・喜・縁(ご縁のあった方々の話ー男性編)’

税理士は神様のプレゼント

 偶然は神様のプレゼントと云われます。税理士になりたくて税理士試験を目指したのではなく、仕事上での必要からたまたま勉強した消費税が税理士につながったF氏を紹介します。
 
 F氏(現在43歳)は神戸市の県立高校を卒業し地元の国立K大学経営学部へ進学します。そして卒業後は一部上場の大手食品会社へ就職、配属先は工場の経理課主計係となりました。  
 
 7年間勤務したころ上司が新設された子会社へ転籍しその上司に誘われてF氏も出向し経理担当として赴任することになります。7年間の工場経理業務では大企業の工場部門での経理財務には詳しくはなりましたが、全社のBS(貸借対照表)、PL(損益計算書)の作成業務は経験できませんでした。
 
 子会社へ移って1年目は全経理業務を任されBS、PLの作成から税務申告業務まですべてを担当し苦労はしましたがやりがいはありました。
 
 2年目に入り部下も何名か付くようになりF氏の仕事に余裕ができ知りたかった消費税の勉強を始めます半年の勉強でしたが成果を確認しようと税理士試験の消費税を受験しました。結果は不合格でしたがもっと真剣に取り組めば合格出来るのではとの手応えも感じました。
 
 翌年は真剣に勉強しようと消費税だけではなく簿記論、財務諸表論も勉強します。その時もまだ税理士になりたいとは思っていなかったとのこと働きながらの3科目受験は無謀な挑戦と云っても過言ではありませんがF氏にとっては怖いもの知らず勉強そのものがおもしろかったのです
 
 その年になんと消費税と財務諸表論の2科目合格を果たしますその自信がF氏の進路を変えるのです税理士を目指す決意を固めました
 
 翌年は会社を退職し受験浪人に入ります。生活は預金を取り崩しての背水の陣です。簿記論、法人税、固定資産税の3科目に挑戦しました。結果は法人税と固定資産税の2科目に合格そして受験3年目に残した簿記論に合格し税理士試験合格を果たしたのです
 
 経理経験もあり税理士登録はできましたが税理士の仕事については全くの未経験者です。専門学校の就職面談会に参加し紹介された個人事務所へ就職することにしたのです。
 
 税理士業務については経験が出来たのですが所長先生家族で運営していた個人事務所での限界を感じ半年余りで退職をします。個人の会計事務所での壁を感じたF氏は経験のある企業への転職を模索し大手製鉄会社グループの総合病院の経理職に就きました。
 
 医療業界の経理業務は良い経験にはなりましたが病院特有の資格者の集まりである人間関係に苦労し再度会計事務所への転職を考え人材紹介アイの求職相談に足を運んだのです。5年前の梅雨時でした。
 
 税理士を必要としている事務所への転職を勧め大阪のK先生の事務所を紹介しました。K先生とは30年来のお付き合いで業務内容も理解していたこともあり自信をもってF氏を紹介し採用となりました。
 
 そして2年半後に40歳になったF氏は生まれ育った神戸に戻り独立開業をしたのです事務所名に神戸市の市花の名を付けました
 
 今月、開業3年目のF氏の事務所を訪ねました。地元では有名で活気ある商店街の店舗の2階がF氏の事務所でした。
 
 開業して1年目は1件の顧問先からのスタートで生活の為に公庫から借金をしたとのこと2年目に何とか会社員時代の収入は確保ができ3年目の今年は4桁代の収入になり将来の展望が開けてきたとのことでした
 
 11月22日(いい夫婦の日)に付き合ってきた彼女を入籍しましたそして来年は店舗型の事務所を商店街の1階に開設したいと顔をほころばせます
 
 どうやらF氏にとって税理士は神様の良いプレゼントになったようです。12月は税理士試験の合格発表があります。また誰かが神様からのプレゼントを受け取るのでしょうか・・・。

 

志は高く、腰は低く

 今月(7月)の24日の夜に天満橋の会計事務所へ所長のS氏を訪ねました。大川に面した事務所の面談室から向こう岸に続くかがり火が川面にゆれていました。聞くと天神祭りの宵宮とのこと。 4年前に自宅で独立開業をされその1年後に上記の天満橋に事務所を移転されたのは挨拶状で知ってはいましたが初めての訪問でした。
 
 S氏と出会ったのは14年前の春でした。その頃から税理士試験にも会計士試験、司法試験のように大学を卒業しても就職をしないで受験浪人をする方が増えていました。S氏もその一人でした。
 
  求職相談に来られた時は前年の税理士試験で最後の1科目となった税法科目に合格していました。また、前年の税理士試験後に会計事務所に勤め税理士試験発表の12月末でその事務所を退職していたのです。退職した理由については失念していたので今回あらためて聞いてみました。「あの退職は解雇でした」とのこと。
 
 聞いてみると最後の税法科目を受験した後に会計事務所へ入ったのですが本人は心身ともに燃え尽き症候群に陥ってしまったとのこと。仕事をする気力が湧かずとうとう所長先生より引導を渡されたのです
 
  S氏は関西の有名私大を卒業しているのですが大学進学も税理士試験の受験もとにかく働く気力が出なかったのが選択の理由だったと云います。ただS氏は税理士試験に挑戦(大学3回生で簿・財に合格、卒業年に所得税・相続税に合格、卒業2年目に住民税に合格と4回の受験で税理士試験に合格)したことで志を立てれば行動に迷いがなくなり結果を出せる自身に気付きを得たと云います
 
 税理士試験後の会計事務所への就職は不合格になったらとの心の揺らぎもあり仕事に集中できなかったことが解雇させられた理由だったと懐かしさを込めて照れ笑いをしていました。
 
 税理士試験で合格を勝ち得たS氏は再度心の立て直しを図ります。 「一人前の税理士になる」と志を立てるのです。そして確定申告明けに人材紹介アイの求職相談へ足を運びました。今でもその時の印象が残像として瞼に映ります。何を言っても「はいっ!はいっ!」の返事が返ってきます。背筋を伸ばし真直ぐに相手の目を見て話す姿勢に好感が持てました。
 
 社会人としての経験がほとんどないS氏を紹介することは受け入れてくれる会計事務所を選ぶことから始めました。ほとんどの会計事務所は人材紹介会社へは即戦力を求めて実務経験者の紹介を依頼されます
 
 人材紹介アイからはある若手で堅実なK先生を紹介しました。開業8年目で堅実な成長をされていた事務所でそろそろ勤務税理士の採用も考えていました。結果はすぐに出ました。採用となりS氏も素直に受け入れました。
 
 それから10年、一人前の税理士を目指しひたすら仕事に励み事務所の幹部として手腕を発揮していました。そして、独立開業を決めたのです。ホームページには≪日本一腰の低い税理士≫と決意を示しました
 
 なぜ独立を決意したのかを今回聞きました。子供が病気になり入院した時、お見舞いに行くと不治の病にかかった子供病棟を通り抜けます。その度に人生に挑戦できる機会を与えられない子供もいる、自らは決してその機会を放棄してはならないと強く心に刻んだとのこと
 
 S氏は再度「自立する税理士」を志して自宅で開業したのです。そして今回の訪問となりました。天神祭りの宵宮が更けるまで話をしました。最後にS氏が云いました。 「開業して朝から夜は終電まで仕事をしています。今、何のために・・・と、自身に問う自分がいます」と。そして「答えは自分で必ず出します。新たな志を必ず立てます」と。
 
 明日の本宮が楽しみになりました。

D判定を逆転V判定へ

税理士試験まで1か月余りとなりました。今回はA氏の税理士試験逆転合格の話をさせていただきます。
  
A氏が求職相談に来られたのは3年前の税理士試験が終わったまだ暑さを引きずる9月の初旬でした。すでに簿・財と相続税法の3科目に合格しその年は所得税法と消費税法を受験していました。
 
履歴は国立大学を卒業し大手百貨店に勤めた後家業を手伝い、その後会計事務所へ転職し15年近く務めた同事務所を前年の12月に退職し税理士試験までは受験浪人をしていました。前職の会計事務所を退職し受験浪人をしたのは40歳を迎えたこともあり受験勉強にけじめをつける為の人生への賭けでもありました。
 
受験の手応えを聞くと消費税法は大丈夫だが所得税法は難しいとのことでした。必須税法は蓋をあけるまでは分からないと云われています。まさに税理士試験のブラックボックスなのです。結果は天命を待つことにして、困ったのはA氏へ紹介する会計事務所でした。
 
会計事務所のキャリアについては前職で15年近く所長先生の片腕を担うまでの仕事をしてきたので問題はないのですが、A氏の転職後の受験勉強が課題となりました。A氏は年齢とキャリアを考えれば次の事務所でも即戦力として迎えられますしそれ以上の業務も期待されることは目に見えています。おそらく平日の受験勉強は難しいと推測されました。A氏も業界については熟知していましたので覚悟は出来ているとのことでした。
 
今一つは合格した場合も勤務税理士として続けられるレベルの事務所であり給与水準も前職を考慮していただけることを優先順位として探しました。その結果F事務所を紹介することになりA氏も承諾しました。
 
税理士試験後でもありF事務所へは多数の応募者があり苦戦を強いられることになりました。3度の面接を終え最終結果が出るのにさらに10日ほどかかりました。A氏の条件面を考えるとF事務所以外の事務所への紹介は厳しいものがあります。他の事務所の紹介は取りやめF事務所一本に絞りました。まさに人事を尽くして天命を待ったのです
 
A氏の決意は天に通じました。A氏のキャリア、そして人柄もありF事務所での仕事ぶりは期待を裏切りませんでした。ただその年の受験結果は予想通り所得税法は不合格でした。F事務所ではA氏も新入社員の一人です。キャリアを驕らず仕事優先の日々を過ごしました。次の年も受験はしたものの結果は蓋をあけるまでにはいきません。
 
そして3年目に入り仕事にも慣れてきたこともありA氏は所長先生へ「今年こそ官報合格を果たしたいので確定申告後は退社時間を早めにさせていただきます」と願い出て了承を得ました。それでも8時~9時頃までは仕事から離れることは出来ませんでした。
 
その年の3度目の所得税法の受験については所長先生へ直訴したこともあり退路を断つ覚悟で臨みました有言実行しかありません直前2か月前の模擬試験でD判定(合格不可能)だったA氏は諦めず徹底的に過去問の分析をしたのです一点突破に掛けました
 
するとなぜかしら予想範囲が頭の中に浮かんできたのです予想は的中しましたその年の官報の合格者名簿にA氏は自身の名前を確認しましたA氏は起死回生の大逆転劇を自作自演できたのです
 
今月A氏と一席を設ける機会を得ました。今までいつもこれでいいのかを自身に問い詰める選択をしてきたとのこと。税理士になった今は職業としてのこれでいいのかは実現したのでこれからは天職としての税理士の仕事をこれでいいのかと問い詰めていきたいとのことでした
 
美味しいお酒が飲めた一夜となりました。

 

W氏が二度開業した理由

 業界の資料によると税理士登録をされている9割以上の方が独立開業をされています。税理士業務そのものが一人で自己完結できる業務であること、背景には国の基幹制度としての税制が完成されたシステムとして機能していることがあると思われます。
 
 税理士の仕事は一人で独立開業できる魅力があるのです
 
 今回は勤務→独立→勤務→独立と二度の開業をされたW氏をご紹介します。W氏が求職相談にこられたのは9年前の正月松の内も過ぎたころでした。
 
 前年の税理士試験で4科目目の消費税に合格していましたが、科目合格の履歴を見ると大学を卒業した年に簿記論と財務諸表論に2科目合格し翌年には会計事務所に勤務しながら最難関の必須税法の一つである法人税法に合格していました。
 
 ところが4科目目の消費税法の合格までに何と8年を要していたのです。その間に個人事務所へ一度転職し税理士試験の専門学校での講師もアルバイトで数年されていました。
 
 なぜ法人税法に合格してから4科目目の消費税法に合格するまで8年もかかったのかW氏自身も結果としてそうなったとしか言いようがないと云います。毎年模擬試験ではトップレベルであり自信をもって試験にのぞんだ結果とのことでした
 
 税理士試験には魔物が潜むと云われます。その魔物とはまさしく税法の試験であるようです。いままで求職相談でお会いした方で4科目合格した後残りの必須税法に合格できず10数年挑戦している方を何人も見てきました。
 
 税法を制する者は税理士試験を制するといっても過言ではないのでしょう
 
 W氏の求職相談は資産税のコンサルティングに興味があるので同業務をされている会計事務所への紹介を希望しての転職相談でした。
 
 7年に及ぶ会計事務所での経験と専門学校での講師の経験もあり紹介した資産税に強い税理士事務所は即決での採用となりました。もちろんW氏の人柄が33歳の年齢にふさわしい社会人としての風格を感じさせたことも即決採用に繋がったようです。
 
 W氏は転職がモチベーションを高く維持させたのか翌年には最後の相続税法に合格し見事税理士試験に合格、同事務所で税理士登録をされた後も資産税の責任者として所長先生の期待に応えました。
 
 そして4年後に所長先生の援助も受け業務提携を前提に独立開業を果たしたのです。ところがそれから1年数か月してW氏から一通の挨拶状を受け取りびっくりしました。関西では有名な相続に特化した会計事務所へ就職したとのことでした。
 
 独立から勤務への経緯を聞きましたら税理士としての業務より付加価値業務としての相続コンサルティングを極めたくなったとのことでした
 
 W氏はその事務所で相続コンサルティングという責任を問われる激務をこなしました。そして1年半後に再度独立開業をしたのです。挨拶状には相続業務をコアにした事務所を目指しますとの決意が示されていました
 
 それから2年後、御堂筋に事務所を移したW氏に会いにいきました。「遠回りをしましたが税理士として挑戦したい仕事を見つけられたので後悔はしていません。これからが税理士としての本番だと思っています」42歳の働き盛りの挑戦する税理士の姿がそこにありました。

13年目の合格者=前編(Sくんの場合)

 本年の税理士試験合格発表(12月7日)まであと1週間となりました。昨年の合格発表日に官報で合格者の氏名を見ていたときでした。二人の氏名に目が止まり懐かしさがよみがえりました。調べてみると二人とも13年前に求職相談をさせていただき会計事務所へ紹介した方でした。Sくん(男性)とSさん(女性)です。
 
 13年前はお二人とも26歳でした。Sくんとは13年間年賀状のやり取りもありこちらから電話をさせていただきました。元気な張りのある声が返ってきました。「ありがとうございます。実はアイさんから紹介していただいた会計事務所は昨年末に退職し今年の試験には背水の陣で臨みました」とのことでした。
 
 合格祝いもあったのでSくんと飲みに行く約束をしました。久しぶりに会ったSくんとの飲み会は話が弾みました。ひとつの目標を手にしさらなる目標に向かうSくんの目はかがやいていました。13年前Sくんが求職相談に来られた時は、大手銀行を退職し簿記論・財表論はすでに取得し法人税法を受験した後でした。
 
 公認会計士事務所へ紹介したところ銀行での業務経験を評価されすんなりと採用まで行きました。受験した法人税法もその年の合格発表で合格を果たしていました。順調に行けば3~4年で税理士試験に合格するだろうと思っていました。なのに・・・、残りの税法2科目合格までになぜ13年もかかってしまったのか・・・を彼に聞きました。
 
 「間違っていました」Sくんの開口一番でした。Sくんの話はこうでした。必須税法である法人税法に合格したことも自信となりその後は毎年残りの選択税法を2科目受験し続けたとのこと、結果は6年目に1科目合格し残り1科目はさらに6年受験したが合格を果たせず40歳が目の前まで来てしまっていたこともあり、焦りも出てきて12年も勤めた会計事務所を退職し乾坤一擲、背水の陣を敷いたとのこと
 
 彼の失敗とは働きながら税法2科目を勉強したことだと云うのです。働き始めたときに欲張らずに1科目だけにしていたらと反省の弁を述べていました。さらに、最後の1科目に合格したその年の受験後の精神的なプレッシャーは軽いうつ病とまで診断されるほどのダメージだったとのことです。
 
 今年の春、Sくん、いや40歳を迎えたS氏は税理士として大阪のど真ん中、本町で独立開業をしました。そして猛暑となったひと夏が終わりワイシャツに汗の不快感を感じなくなったころS氏から電話が入りました。「運が良かったのか顧問先も少しづつ増えてきました。折り入ってご相談なんですが所員の採用を考えています。近いうちに事務所へ来ていただけませんか」とのことでした。
 
 会計事務所への人材紹介をさせていただいている私にとって何よりこの仕事をしていてよかったと思う瞬間でもありました。

 
後編(Sさんの場合)もご覧ください。

顧問税理士O氏=前編

 今回は人材紹介アイの顧問税理士O氏について書かせていただきます。最近の統計では法人及び個人とも事業所数が不況の影響もあり激減しているようです。開業税理士の方々にとっては厳しい状況が続きます。
 
 暗黙の了解でもあった顧問税理士のいる事業所には営業をかけないとのルールも破れかけています。人材紹介アイへも正々堂々と事務所名を名乗って「顧問税理士には満足されていますか・・・」との営業の電話がかかってきます。税理士業界も競争原理の風が吹き始めたようです。
 
 O氏と出会ったのは23年前、私(人材紹介アイの松本)が資格取得の講座運営会社で会計事務所への人材紹介業務を始めた頃でした。O氏は当時27歳の今で言うイケメンのすっきりしたスポーツマンタイプの男性でした。彼は税理士を目指し会計事務所への就職を希望していた求職相談者でした。
 
 中学時代から硬式野球にのめり込み甲子園を目指し野球の強い高校へ進学したのですがそこでは彼以上の強者が・・・。彼はプロの野球選手を諦め高校を卒業後は舞台装置設営の会社へ入りまじめに働いていました。O氏は将来はそのままサラリーマンとしてやっていくのではなく一人で自立できる仕事を模索していました。
 
 その職業として選んだのが税理士でした。簿記の3級から勉強を始め2級へさらに1級へと進み、私と出会ったのは6月の日商簿記1級の受験を終え結果待ちの7月のある日に求職相談に来た時でした。
 
 会計事務所へ就職するための必須資格である日商簿記2級は合格していましたが会計事務所の実務経験はなく会社経理の経験もありませんでした。何件かの実務未経験者でも可能な会計事務所を紹介しましたが競争が厳しくすべて採用までには至りませんでした。
 
 最後に私から紹介した仕事が私の下で会計事務所への人材サービスの業務に就くことでした。資格取得の講座を運営している会社でもあり税理士講座は無料で受講できること、将来税理士を目指すためにもいろいろな会計事務所を外から見ることも為になると説得しました。
 
 当時はバブルの影響もあり景気も右肩上がりで人材不足が恒常化しており私の職場でも人材を探していました。O氏は8月に結婚する予定もあり経済的にも就職は必然の条件でした。彼と話し合い税理士試験に3科目合格したら会計事務所への転職を再度するとの約束で私の下で仕事をすることになりました。
 
 日商簿記1級にも合格し新婚旅行を終えた8月のお盆明けからO氏は当初の会計事務所ではなく会計事務所をクライアントとする人材サービスの業務に就いたのです。合縁奇縁とはよく云ったものです。

顧問税理士O氏=後編

 自画自賛ではありますが私の見る目は確かだと実証されました。O氏の仕事振りは私を満足させるものでした。年2回の税理士試験後と税理士試験合格発表後に開催する会計事務所就職ガイダンス、年4回発行する会計事務所就職情報誌、そして時代の要請でもありました会計事務所への人材紹介業務も順調に右肩上がりの業績を描けるようになりました。
 
 O氏が入社してから1年後の12月の税理士試験合格発表の日でした。私は外出先でO氏からの電話を受けました。「税理士試験ですが科目合格しました。ありがとうございます」との彼の言葉でした。
 
 昨年入社前に日商1級に合格していたので簿記論に合格したと思いましたが結果は簿記論と財務諸表論の2科目に合格していました。正直すごいことを成し遂げたと驚きました。当時でも仕事と受験の2足の草鞋を履き1年目で2科目合格することは至難の業と云われていました。
 

 振り返って彼の入社してからの1年を思い浮かべました。今でも求職相談に来る受験生へアドバイスさせてもらいますが、彼の税理士になりたいとのモチベーションの高さと受験勉強に対する実行力の強さでした。
 

 彼は毎日昼休み時は愛妻弁当を食べると一人で会議室で勉強をしていましたし、仕事が遅くなり午後8時を過ぎても必ず税理士講座を受けに学校へ行きました。
 
 彼に聞くと2足の草鞋を履いているため受験勉強に時間をかけられないので予習中心の勉強方法を取ったとのこと、昼休みは次の授業の予習にあて授業に間に合わなくても分からないことを事前にチェックできたので必ず講義が終わるまでに学校へ行き担当の先生へ質問をしたとのことでした。
 
 次の年は税法に入りより難易度も上がったせいか合格はできませんでしたが3年目に税法1科目に合格し、当初の約束である3科目合格したら会計事務所への就職を再度チャレンジすることになりました。
 
 彼は実務経験はありませんでしたが3科目合格と会計事務所業界を3年間見てきたことも功を奏しある個人事務所へ転職することができました。転職した1年目は仕事に慣れることもあったのか科目合格はしませんでしたが、2年目には残り2科目の税法も合格し念願の税理士資格を取得しました。
 
 その後は2年ほど事務所勤務を続けながら税理士講座の講師も勤め独立開業を果たしました。『合縁奇縁』と前編で書きましたがO氏が独立した年に私も人材紹介アイを設立し独立しました。そしてO氏に顧問税理士になってもらいました。この16年間顧問税理士の必要性と有り難さをO氏を通じて実感させていただきました。
 
巻頭に記しました『顧問税理士には満足されていますか・・・』との営業の電話に私は自信を持って答えました。『満足どころか感謝をしています』と・・・。

Y氏の長期決戦=前編

 税理士試験合格への戦略として前回は短期決戦を選択した「N君の短期決戦」を掲載しました。今回はその反対として長期決戦を選択した「Y氏の長期決戦」をお伝え致します。
 
  Y氏を知ったのは人材紹介アイの会社名アイの名前をいただいた女性税理士のK先生からお聞きした話でした。K先生とは今から25年前にある税理士の先生に紹介され現在までお付き合いをさせていただいております。
 
  まさに税理士業界での細腕繁盛記を地で行く人生を送られ、本年古希を迎え得度をされました。現在会計事務所は娘婿にまかせご自身はボランティア活動そして世直し活動を自然体として実践されています。ますますご健勝でチャーミングな女性です。(いづれK先生についてはお話をさせていただければと思っています)
 
  K先生の事務所の3階に株式会社天意という会社がありました。読み方をお尋ねすると「あい」とのこと。K先生がなぜその漢字を使われたかは意味が深くこの欄で説明できる自信がありませんので省かせていただきます。また、アイが天意の読み名をいただいた理由も今回は趣旨が異なりますので省かせていただきます。ご理解ください。
 
 実は先にお伝えしたY氏とは上記の通りK先生の会計事務所を引き継がれた娘婿の方です。Y氏は国立体育大学を出られ体育の教師を目指されましたが競争率が高く本意を果たせませんでした。仕方なく外資系の会社へ入社をされ営業職として社会人スタートを切りました。
 
  最初の仕事が会計事務所向けの当時1千万円もする相続シュミレーションをするコンピューターを販売することでした。Y氏が大学を卒業した20数年前は日本はバブルの真っ最中の時でした。会計事務所業界も地価、株価の高騰を受けての相続対策業務が東京から大阪へと広がっていきました。
 
  来る日も来る日も会計事務所を回り3年という歳月が流れたときY氏はK先生と出会い話しをする機会にめぐり合ったのです。
 
  「体育大学を出て体育の教師になれなかったのは残念だけど社会人となり3年を迎えて今将来の夢はなんですか・・・」とK先生に尋ねられY氏は「この3年間会計事務所を回らせていただき税理士の先生と話す機会をいただき今自身も出来れば将来税理士になれればと思うようになりました」と応えました。
 
  Y氏の人生は次のK先生の言葉で一転してしまいます「よかったら私の事務所に来なさい」。Y氏にとっての一期一会でした。Y氏は迷わず応えました「よろしくお願いします」と。

Y氏の長期決戦=後編

 Y氏は25歳にして天命(税理士を天職とする)を知ることになりました。簿記のボの字も知らないY氏でしたが胸の中は夢と大志でいっぱいにふくらみました。 
 
 Y氏はK先生の事務所へ入り簿記の3級から勉強し仕事も誰にも負けないくらい励みました。1年後には簿記の1級にも合格し顧問先も10数件を担当できるまでにK先生からの信頼を得ました。
 
  いよいよ天命である税理士になるための税理士試験にチャレンジするところまで来たのです。ところが・・・です。神様は天命を成し遂げられる人材かを試されたのです。Y氏にとってそれは幸せとともにやってきました。その幸せとは先生の娘さんとの結婚でした。
 
  Y氏はK先生の娘さんと結婚することになり、将来会計事務所を引き継ぐことが周知の約束事になりました。Y氏の税理士試験合格は結婚と同時に必須事項として目の前に立ちはだかったのです。
 
 Y氏は税理士試験に合格するためにはどうしたらよいのかを自問自答しました。K先生は自身も二人のお子さんの子育てをしながら簿記1級を取得し税理士試験に5科目合格され今の会計事務所を創業し育てて来られました。
 
  何がなんでも税理士試験に5科目合格をしなければなりません。Y氏は考えました。受験専門学校には無職で税理士試験にチャレンジしている受験浪人のライバルがたくさんいます。彼らとの科目10%の合格率を競わなければ科目合格という席取り合戦には勝てません。彼らは毎日毎日勉強をしています。
 
  単純に考えてみました。仕事をしているY氏にとって勉強できる時間は彼らの3分の1しかありません。彼らが1年間で2~3科目を勉強し1~2科目合格すれば大成功と云われるのが税理士試験の現状です。
 
  また自身の仕事に関しては、将来の所長候補としての周りの目もあり、平日は当たり前のことですが仕事を早めに切り上げて専門学校へ通うわけにも行きません。Y氏も自分だけは特別との意識はいっさい持たず逆に他の職員以上に仕事には励みました。
 
  Y氏は税理士試験にチャレンジするにあたり次のことを自らに課しました。平日については専門学校へは通えないが必ず仕事が終わってから1~2時間事務所の会議室で勉強をする。専門学校へは週一日コースの土曜日か日曜日のいずれかのみにする。以上の勉強では1年で1科目の勉強が限界と考えました。そして1年ではなく2年目でその1科目の合格を果たすことを目標にしたのです。
 
 Y氏は上記の自らへの課題を実践し5科目すべてを2年目合格を成し遂げ、10年目に見事に税理士試験に合格を果たしました。税理士試験合格後にY氏とともに税理士試験では有名な資格学校で受験生を対処にしたセミナーを開催しました。Y氏は2年目合格目標について「1年目は完全理解重視を、2年目には答案練習重視で臨みました。すると2年目に自身のレベルが急カーブで上昇するのが分かりました」と自信をもって話をされていました。
 
 Y氏が税理士登録をされた後、K先生はY氏を代表社員に就任させ自らは会長職として新たな税理士法人を立ち上げました。その税理士法人では今も会議室はY氏の勉強部屋との愛称で呼ばれているそうです。

N君の短期決戦=前編

 税理士試験合格への戦略は大きく分けて短期決戦か長期決戦かどちらの選択をするかを問われることから始まります。短期決戦とは無職で受験浪人として2年~5年で合格を目指す戦略です。長期決戦は社会人として働きながら10年以上かけて合格を目指す戦略です。
 
 当初は短期決戦を目指しつつも結果が出ず長期決戦にならざるをえないケースが多いなか、「敵を知り、己を知って」短期決戦での戦略を初志貫徹して金メダル(税理士試験5科目合格)を勝ち取ったN君のことを今回はお伝えします。
 
 N君が求職相談に来たのは12年前のゴールデンウイークも終わった5月のある日の午後でした。当時N君は26歳の銀行マンでした。まだ税理士試験の受験経験もなくこれから税理士を目指したいので相談に乗ってほしいとのことでした。
 
 N君が税理士を決意したのは銀行での業務を通じて税理士の方と一緒に仕事をしたことがきっかけでした。銀行の仕事は好きで面白かったのですがそれ以上に税理士としての仕事に魅力を感じ将来の自分を重ねてしまったのです。
 
 銀行の仕事をしながらでの税理士試験の受験に自信を持てなかったN君は退職を決意していました。それは当時主任の役職にあり年内には係長になることが確実だったN君の決意でした。
 
 係長になると数名の部下がつき収益責任も数名分の責任を背負い途中で退職すると銀行にも部下にも迷惑がかかるので年内中に判断をしたいとのことでした。
 
 税理士業界の現況と税理士試験の現状をお伝えしました。そしてN君に大きな戦略選択のアドバイスをしました。上記の短期決戦か長期決戦かどちらの戦略を選択するのかをです。1年前に結婚したばかりのN君はおそらく長期決戦を選択するものとばかり思っていました。

 ところが求職相談の後しばらくしてN君から連絡が入りました。「私は仕事と受験の二束の草鞋(わらじ)を履くことは性格上向いていないと思います。なぜなら仕事をすると仕事にはまってしまい適当にはできない性格ですから・・・」とのことでした。

 実直でまっすぐな性格のN君は奥さんとも相談し2年間は奥さんに扶養してもらうことにして短期決選でも超短期決戦を選択しました。「敵を知り己を知れば百戦危うべからず」です。税理士試験の現状を知りその受験にどうチャレンジするのが自身の性格にあっているのかです

 超短期決戦を選択したN君へ励ましの気持ちも込めて税理士試験合格という金メダルが手に届く3~4科目合格の銀メダルを手にしたらまた相談に来てくださいとエールを送りました。

フェイスブック
電話番号:06-6374-8466
ページトップに戻る
関西の会計事務所への人材紹介に特化
人材紹介アイ
〒531-0071 大阪市北区中津1丁目18-18 若杉ビル3F
TEL/FAX 06-6374-8466(代)/06-6374-8467