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‘アイ・縁・喜・縁(ご縁のあった方々の話ー男性編)’

「お父さんが税理士になった!」

 今年来た年賀状の一枚に驚きとうれしさを感じざるを得ませんでした。その添え書きに「昨年税理士資格を取得し登録をしました」と記されていました。M氏(55歳)からの年賀状でした。
 
 M氏とは18年前の年末に求職相談でお会いしました。当時M氏は37歳で会計事務所に勤めており税理士を目指していましたが、高齢のご両親と同居する為に自宅を新築され小規模の個人会計事務所の給与では高額のローン返済を抱えることが難しくなりました
 
 M氏の相談は収入を上げるために一般企業へ転職し再度税理士を目指したいとのことでした。税理士試験には財務諸表論に合格していました
 
 M氏は会計事務所に勤める前は一般企業での経理職の経験が5年ほどありましたので再度一般企業へ転職するには37歳のその時機が最後のチャンスだと判断したようです。
 
 ただ会計事務所に勤めていたこともあり年明けの確定申告が終わるまでは現職を続け4月からの就業を目標に転職活動に入ることにしました。
 
 人材紹介アイは当時一般企業への転職情報は提携している人材紹介会社の案件をご紹介していました。年が明けM氏より詳細な職務経歴書を提出してもらい提携している人材紹介会社へ打診を始めました
 
 3月末までに該当する案件は出ず転職時期としていた4月にずれ込みましたが2社から該当する案件が入りM氏に紹介しました。M氏は2社の案件に応募し2社ともに内定を得ましたが1社は辞退し株式上場を目指すあるメーカーの内定を受諾し6月からの入社が決まりました
 
 M氏とは内定が決まった4月が最後にお会いした時でその後は毎年の年賀状だけのお付き合いとなり18年後の本年の年賀状となったのです。
 
 37歳の年齢で上場を目指す会社の管理職候補として転職したM氏が18年を経て税理士登録をしたことに驚き年明け早々に電話をさせていただきました。
 
 18年ぶりのM氏の礼儀正しい言葉使いがM氏の誠実な人柄を記憶の中からよみがえらせました。税理士になった経緯を知りたかったこととお祝いもしたかったので今月末に一席設けさせていただきました。
 
 18年ぶりにお会いしたM氏は立派な紳士となり会社も上場し管理職としての忙しい日々を送られていました。M氏が昨年税理士登録をされるまでの経緯は以下の通りです。
 
 会計事務所勤務から一般企業の経理職へ転職し3年後に固定資産税に科目合格をします税法については1科目合格すれば大学院での修士課程修了での2科目免除制度があるのでその制度を利用することにしました。大学院では良い指導教官に出会い充実した修士課程を修了できたと振り返ります。
 
 その後は簿記論の受験に専念し何度も模擬試験でA判定を取るのですが本試験になると失敗し辛酸を舐めることになり、さらには仕事も忙しくなり受験勉強もマンネリ化してしまい受かる自信が消え失せてしまったと云います。
 
 本意ではなかったのですが財務諸表論の合格があったので再度会計科目1科目免除のため50歳を超えてからの大学院修士課程への進学にチャレンジし昨年の春無事修了税理士資格を取得したとのことでした
 
 税理士資格を取得したM氏は税理士登録をする必要があるかどうか悩んだと云います。会社としては歓迎されることなのかどうかも不安はありました。
 
 直属の上司が若いころに税理士試験にチャレンジしていたことも知っていましたのでM氏は受験している事を報告していませんでした。しかしM氏の懸念は杞憂に終わりました。上司には自身の事のように喜んでもらえ社長にまで報告をしてもらえたとのことでした
 
 受験にしろ大学院への進学にしろ上場会社の管理職としての業務をしながらM氏がどのように時間をつくる事が出来たのかを聞きました。
 
 M氏は応えました。「私も家族も家ではほとんどTVを見ませんTVを見る習慣がないので家族はそれぞれ自分の時間を持てる余裕がありました」と。食事中でもTVを見るのではなく家族で会話を楽しむのが当たり前になっているとのことでした。
 
 18年前に転職した時の3歳の娘さんは大学生となり、転職してから生まれた娘さんも中学生です。今回の税理士登録に際しては二人の娘さんからはお父さんが税理士になった!」とリスペクトされ父親の権威が保てましたと笑顔が素直な気持ちを表します。   
 
 定年までの5年間、それでも無理なら65歳までの定年延長までには税理士として独立開業を果たしたいと第2の仕事舞台に思いを馳せます
 
 M氏の18年前の登録用紙の自己PR欄にはこう記されていました。「仕事熱心であるとともに粘り強く信用を重んじる性格です誠実で明るく協調性があり自己に厳しく管理することができます仕事に対する熱意は誰にも負けません」と。
 
 18年の歳月を経て有言実行のM氏が目の前にいました。
  
 (税理士)おめでとう!そして、(感動)ありがとう

個人か組織か、S氏の歩み

 税理士はどのような形態で働いているのかを昨年発表された第6回税理士実態調査からみると77%の方が個人事業主として独立開業(所長一人から職員数十名規模迄)をされており、12.5%の方が代表社員(社員も含む)として税理士法人を経営、10.5%の方が個人事業主の会計事務所か税理士法人に雇用され働いています。
 
 今回紹介する税理士のS氏(37歳)は現在上記の形態では77%の中に入ったばかりです。S氏は六甲山のふもとにある国立K大学を卒業し政府系の金融機関へ就職します。1年半は新入社員として内勤業務に従事しますがその後法人融資営業に3年強従事し目標以上の結果を出しますが退職します。
 
 S氏が入社した年は小泉政権が誕生した時であり郵政民営化の嵐が吹き荒れ政府系金融機関も民営化されると云われていました。将来に不安を感じたS氏は組織依存ではなく個人責任で完結できる職業として税理士を目指す決意をします
 
 ただ、退職はせずに在職3年目から税理士試験に挑戦するのです。何とその年に酒税法、さらに翌年には簿記論に合格し結果を出します。そしてその年の12月に退職し「組織から個人へつまり会社員から税理士を目指して本格的な挑戦に入るのです
 
 退職したS氏は喫茶店で午前中だけアルバイトをしながら退職1年目に財務諸表論に合格。2年目に相続税法と法人税法を受験した後には手ごたえもあり合格発表を待たず人材紹介会社を通して紹介された会計事務所従業員20名に就職します
 
 その年の12月には相続税法は予想通り合格したものの法人税法は不合格であったため引き続き勤務しながら受験勉強を続け翌年には合格、税理士試験の官報合格を見事手にするのです
 
 就職した会計事務所は資産税を重視した業務展開をしていました。1年目は個人の所得税申告からの業務担当でしたが相続税申告を10数件も担当することになります。2年目は法人税、消費税申告も担当しますが相続税申告も引き続き主業務として担当します。特に2年目に担当した会社経営者の相続対策業務は税理士としてのレベルアップを実感できた仕事だったと云います
 
 しかし、法人業務の経験をより積みたいと考え法人業務重視の会計事務所への転職を考え再び人材紹介会社へ登録をします。S氏が登録した人材紹介会社は人材紹介アイと業務提携をしていたこともあり紹介先会計事務所の打診が入りS氏と面談することになりました。
 
 前職の給与レベルを下げないようにと急成長していた大手税理士法人(従業員30数名)を紹介し、採用も決まり年明けからの勤務が決まりました。ところが就業して半年が経過した頃に所長先生から電話が入りS氏が退職したいと云ってきたと連絡が入りました
 
 退職理由は独立したいとのことでした。驚いてS氏に確認したところやはり独立の意思は固く退職を避けることはできませんでした。S氏にとって急成長をしていた税理士法人は組織体制づくりを最優先課題にしていたこともあり、組織依存ではなく個人重視のS氏の考え方とはギャップがあったようです。
 
 S氏は自宅で顧問先ゼロからの独立開業をスタートします。3ヵ月後には賃貸ビルの狭い事務所へ移り3年後には同じビルの少し広い事務所へ移ることができ、3年目にして顧問先も20数件になり貯金を取り崩さずに何とか自立することが出来るようになりました。
 
そして5年後の昨年11月に4度目の挨拶状が届きました。今までの葉書1枚の挨拶状ではなく見開きの所在地図入りの事務所移転挨拶状です。事務所所在地を見ると大阪の中心街への移転でしたS氏の意気込みが感じられます
  
 昨年12月S氏の事務所を訪問しました。4~5名は入れる広さです。現在はS氏とパートの女性だけですが仕事量は一人の限界にきており毎朝5時に起き早朝から夜遅くまで仕事に追われ、土日も半日は仕事をしている状況とのこと。
 
 個人としての自己責任完結の職業として税理士の仕事にやりがいを感じていましたが、皮肉にも仕事量が増え正職員を採用しようと思った時、今までお世話になった会計事務所の所長先生が税理士だけではなく経営者であることも初めて理解できるようになったと云います
 
 結婚もし家庭を持ったS氏は個人としてのプロの税理士から会計事務所の経営者としても組織づくりへの道を一歩踏み出そうとしています。「個人から組織へS氏の挑戦が再び始まりました

 

地方創生税理士

 昨年9月の第2次安倍改造内閣で初代地方創生大臣(元気で豊かな地方を創生するための大臣)に石破氏が就任し「まち・ひと・しごと創生本部」が設置されました。人口減少・超高齢化という日本が直面する大課題に対し各地域が特徴を生かし自立的で持続可能社会を創生しようと設置されたのです
 
 今回ご紹介する税理士は大阪からJRの新快速で小一時間の奈良県のとある町で開業をしているK氏です。K氏とは今から15年前の税理士試験後の求職相談で初めてお会いしました。溌剌として顔立ちのすっきりした標準語のアクセントで話す32歳の好青年でした。
 
 登録用紙を見ると大学は都の西北で有名なW大の法学部を卒業しその年の11月に関西の会計事務所へ入り8年半勤め税理士試験前の5月に退職していました。税理士試験はすでに簿記論、財表論、法人税法の必須科目に合格しており、その年の試験では相続税法を受験していました。
 
 聞くと、大学在籍時から公認会計士試験を受験しており、当時大手監査法人の奨学生として受験前は監査法人でアルバイトをして試験に合格したら入社する制度を利用して会計士試験合格を目指していました。
 
 しかし大学卒業時の年の試験に惜しくも不合格となりバブル崩壊の風も吹き荒れ奨学生制度も廃止されたため実家のある奈良県(そもそも実家は千葉県にありましたが父親の転勤で大学生の時に奈良県へ移ったとのこと)へ戻り税理士を目指すことになったのです
 
 8年半勤めた事務所を退職したのは税理士試験の4科目目の相続税法に2回も不合格になったことと他の会計事務所での経験も積みたかったこともあり決意したとのことでした。
 
 人材紹介アイからは急成長をしていた中堅の会計事務所を紹介し採用も決まり9月1日より勤務も始まりました。仕事ぶりは所長先生の評価も高く安心して税理士試験に合格するのを期待し待つことにしました
 
 その知らせは1年後の12月の官報で税理士試験合格者の中にK氏の氏名を見つけ私の方から勤務中のK氏へ連絡をする逆報告となって実現しました。
 
 K氏は転職したその年に相続税法に合格し翌年には消費税法にも続けて合格したのです。そしてさらに翌年の8月には税理士登録の11月には何と独立開業の挨拶状が届いたのです
 
 驚いたことに開業地が奈良県の実家のある町の隣町だったことでした。普通であれば顧問先を獲得しやすい都市部で開業をするのですがなぜ地元での開業を選択したのか不思議でなりませんでした。
 
 電話でお祝いを告げたところその年に結婚し地元に愛着もあり新居にて独立開業をしたとのことでした。顧問先はゼロからのスタートでした。その後は年賀状のやり取りだけでしたが今回ブログでの紹介の為15年ぶりに事務所(開業3年後に自宅から事務所を近くのビルに移していました)を訪問しお会いしました。
 
 15年前の溌剌としたすっきりした好青年のK氏は47歳になっていましたが私の記憶の中のK氏そのままの好青年(いや好中年)でした。開業税理士の年齢構成はこのブログでもお伝えしたように下記*資料のとおりです。40歳代後半でもまだまだこれからの業界なのです
 
 K氏に今後の抱負を聞きました。8年前に採用した職員が税理士試験合格まであと1科目なので本年合格の可能性があり、合格したらパートナーとして戦力を整えいずれ都市部への逆進出もしたいとのこと
 
 業務としては中小企業庁より経営革新等支援機関の認定を受け財務コンサルティングに着手し軌道に乗ってきたこともあり今後は実績を積んで差別化を図りたいと語ります
 
 折しも今月は第3次安倍改造内閣が発足し石破氏が地方創生大臣に留任しました。石破氏は次の総理大臣と云われているだけに地方創生は最優先課題でもあるようです。
 
 地方創生には税理士の役割もかなり期待されています。地方の中小企業、小規模事業が元気になることが地方創生の必要条件だと云っても過言ではありません。K氏のような若くIT化の時代にも対応できる税理士が地方で活躍できれば地方創生の実現は早まるに違いありません
 
 K氏の事務所を出たのは夜の7時を回っていました。最寄りの駅へ行く途中に地元の地名をつけたラーメン店が目に入りました。もちろん・・・、地方創生のために立ち寄ることにしました。

  

 *資料『第6回税理士実態調査報告書より、開業税理士の年齢構成』
        20歳代: 0.1% 30歳代: 5.0% 40歳代:13.5% 50歳代:18.1% 
        60歳代:35.4% 70歳代:15.4% 80歳代:12.0% 無記入: 0.5%
 

不惑の歳も粘ってなんぼ!

 2月も中旬を過ぎ確定申告も始まった頃に書類棚に置きっぱなしにしていた年賀状の整理(ファイリング)をしました。毎年仕事始めに目を通し住所変更等の変更事項をPCの名簿データに修正をしてそのまま書類棚に置いておき、遅いときには春先までそのままにしてしまいます。
 
 今年は早い方でした。いつもファイリングをする時に文面を改めて見て送っていただいた方に想いを馳せます。この数年文面の添え書きが気になり連絡を取りたいと思っていた人がいました
 
 今回はその“気になっていた人、N氏”をご紹介します。N氏は今年不惑の年を迎える39歳の勤務税理士です。N氏と初めて出会ったのは7年半前の9月中旬の求職相談でした。背の高い純朴な青年のイメージが残っています。
 
 東京の大学を卒業し就職はせずに税理士を目指し受験浪人をしていました。簿記論と財務諸表論までは順調に合格を手にしましたが必須税法の法人税法には合格するのに5年を費やしていました
 
 さらに所得税法と消費税法を受験しますが結果が出ず3回目の受験を終えた32歳の時に求職相談に来たのです。大学を卒業して10年近い歳月が流れていました。
 
 履歴書を見て驚いたのは職歴が空白になっていたことでした。アルバイトはしてきたが正社員としての職歴はありませんでした。「さて、どこに紹介できるのか・・・」困ってしまいました。
 
 25歳位迄であれば会計事務所未経験者でも3科目以上合格していれば税理士になる可能性を期待され人材紹介会社を通じても採用してくれる会計事務所はありましたが、30歳を超えての未経験者の紹介はかなり厳しいものがありました
 
 ただ、当時N君と話をしていると性格の素直さと税理士を目指す不退転の意志の強さは伝わってきました。N君に尋ねました。「大学卒の同期と比べ社会人となるのが10年遅れたのだから、会計事務所へ就職が決まったら人の倍は働く覚悟はできていますか」と、N君は素直にうなずきました。
 
 私からは長いお付き合いのある若手ですが仕事には厳しい税理士の先生を紹介しました。先生には「彼は必ず税理士になりますそして今までの無職の期間を取り戻すために人の倍は働く覚悟です」と強くお願いしました。
 
 功を奏したのか取りあえず面接をしてくれることになりました。面接をしてくれたらN君の人なりを見てもらい採用していただけるのではとのわずかな望みはありました。その願いは見事に当たりました。先生も私と同じようにN君の人なりには期待したいとのことでした
 
 N君の10年遅れの社会人としてのスタートが始まりましたN君は期待に応えてくれました。毎年の年賀状に添え書きで「今年で〇年になります頑張ります・・」の文面がそのことを表していました。
 
 そして5年後の年賀状の「昨年税理士登録をしました・・・」の添え書きを見たときは「N君は絶対に税理士になりますと啖呵を切ったことが本当に成ったことに私自身が己惚れた記憶がよみがえります
 
 6年後の年賀状は結婚をしたのでしょう、奥さんとの連名が微笑ましく印象に残っています。昨年の年賀状には「事務所が税理士法人となり社員税理士として頑張ることになりました」の添え書きがありました。そして今年の年賀状には「勤めて丸7年が経ちましたもっと力をつけて頑張ります」の添え書きがありました。
 
 N氏の7年半前の履歴書を改めて拝見すると本年不惑の歳(40歳)を迎えることが分かりました。この2月忙しいのは承知の上で電話をかけました。7年半ぶりでN氏の声を聴き充実した毎日を送っていることが伝わってきました
 
 この7年半はN氏の年賀状の添え書きだけで彼の成長を想像してきましたが、実際はN氏の不屈の決意諦めない精神が支えてきたことを知りました。N氏は云います。関西弁の粘ってなんぼ!」の気持ちでやってきましたと。
 
 これからも人間としても税理士としても「昨日より今日今日より明日へ」自身のレベルを上げていきたいと実直なN氏らしい云い方をします。N氏曰く「四十にしてもNever give up粘ってなんぼ!」と、次は一杯飲むことを約束して受話器を置きました。
 
 来年の年賀状にはどのような添え書きが記されるのかが楽しみです。

 

適職から天職へ、O氏の選択

 先月1通の挨拶状が届きました。封書をあけると税理士法人設立の挨拶状でした。パートナー税理士3名の中に代表パートナー税理士としてO氏(43歳)とパートナー税理士としてO氏の奥さんの氏名が記されていました
 
 O氏と出会ったのは14年前の2月の求職相談でした。温厚で優しさが表情に滲み出ていたO氏のことは記憶の中にしっかりと留まっていました。
 
 O氏は東京の大学を卒業後企業の総務職に就きますが、企業の金の流れに興味を持ったことから公認会計士を目指そうと働きながら公認会計士試験の勉強を始めます。
 
 ただ受験勉強に入ると1戦必勝の公認会計士試験に限界を感じ1回も受験せず断念、科目合格制の税理士試験へ目標変更をします。30歳までに絶対合格しようと決めたO氏は2年勤めた会社を退職し受験浪人に入ります
 
 心機一転、受験勉強も相性が合い1年目に財務諸表論に合格し2年目には法人税法と消費税法の2科目に合格します。そして翌年の平成12年2月に会計事務所への就職のために人材紹介アイの求職相談に足を運んだのです。
 
 O氏へは公認会計士の先生の事務所を紹介しました。会計事務所の経験はなかったのですがO氏の人柄と税理士試験の必須税法である法人税法に合格していたことが評価され採用が決まりました
 
 そして入社したその年に残りの2科目(簿記論と相続税法)にも同時合格し念願の30歳までに1年を残し29歳で税理士試験の合格を勝ち取ったのです
 
 入社2年後には税理士登録も終え、さらに2年後には同じ事務所の勤務税理士の女性と結婚、1年後にはお子さんにも恵まれますが育児のために奥さんは事務所を退職します。奥さん自身には数件の顧問先があり育児をしながら税理士業務を自宅でおこなうことにしたのです。
 
 平成19年の春にO氏も家庭と仕事を両立させるために事務所を退職し奥さんとの共同事務所を自宅で設立し業務を始め翌年には自宅近くに事務所を移転開設しました。普通の会計事務所と違うところは開設した事務所には育児のためのベビーベットが常設されたことでした。
 
 「夫唱婦随」と云ってもよいのでしょうか、四字熟語の順番では夫が唱えて妻が従うとなっていますが、O氏の場合は奥さんが育児の為に税理士として独立し1年後にO氏が独立したので税理士としての独立開業については妻が唱え次に夫が従ったということで「婦唱夫随」と書いた方が正解かもしれません。
 
 独立した時の感想を聞くと「勤務していた時より仕事をするうえで自由な裁量があるので自分には向いていると思った。不安はありませんでした」と云います。
 
 もちろん自由と責任は比例してついてくるのは当たり前ですがO氏は税理士の仕事にストレスを感じたことはないと云います。天職とまでは言えないが自分には税理士業は適職だと謙遜します
 
 独立開業した年の暮に知り合いの弁護士の先生から大きな案件の依頼を受けました。案件の内容について詳細は話されませんでしたが上場会社関連の案件で最近までその仕事は続いたそうです。
 
 そして、その仕事に一緒に関わった公認会計士の先生と今回の挨拶状での税理士法人の設立をしたのです。事務所も新たなビルに移転しホームページも立ち上げました。
 
 ホームページを見ると「相続税専門の税理士法人を全面に打ち出しています。来年から相続税法が大きく改正され対象者が1.5倍に急拡大するとの予測から相続重税なる言葉も飛び交っています。まさに時宜にかなった税理士法人の設立です
 
 O氏に相続税に特化した税理士法人設立の意図を尋ねました。「戦略としては来年からの税制改正に合わせて相続税専門の税理士法人を打ち出しましたが通常の税理士業務への対応もしていきます。今は設立したばかりで足元を固める時期ですので戦術についてはこれから検討していきます」と多くを語りませんでしたが税理士法人の経営者としての大志は言葉の端々に感じました
 
 ホームページのスタッフ紹介のページにO氏の紹介がありました。心がけの項目には「真面目に素直に謙虚に生きる」とありました。そして、好きな言葉の項目には「一生勉強 一生青春(相田みつを)」と記されていました。
 
先にも記したようにO氏は税理士の仕事は自身には適職だと謙遜していましたが、今回の税理士法人設立へのステップは明らかにO氏にとって税理士業は天職になったのだと理解しました

 

税理士は神様のプレゼント

 偶然は神様のプレゼントと云われます。税理士になりたくて税理士試験を目指したのではなく、仕事上での必要からたまたま勉強した消費税が税理士につながったF氏を紹介します。
 
 F氏(現在43歳)は神戸市の県立高校を卒業し地元の国立K大学経営学部へ進学します。そして卒業後は一部上場の大手食品会社へ就職、配属先は工場の経理課主計係となりました。  
 
 7年間勤務したころ上司が新設された子会社へ転籍しその上司に誘われてF氏も出向し経理担当として赴任することになります。7年間の工場経理業務では大企業の工場部門での経理財務には詳しくはなりましたが、全社のBS(貸借対照表)、PL(損益計算書)の作成業務は経験できませんでした。
 
 子会社へ移って1年目は全経理業務を任されBS、PLの作成から税務申告業務まですべてを担当し苦労はしましたがやりがいはありました。
 
 2年目に入り部下も何名か付くようになりF氏の仕事に余裕ができ知りたかった消費税の勉強を始めます半年の勉強でしたが成果を確認しようと税理士試験の消費税を受験しました。結果は不合格でしたがもっと真剣に取り組めば合格出来るのではとの手応えも感じました。
 
 翌年は真剣に勉強しようと消費税だけではなく簿記論、財務諸表論も勉強します。その時もまだ税理士になりたいとは思っていなかったとのこと働きながらの3科目受験は無謀な挑戦と云っても過言ではありませんがF氏にとっては怖いもの知らず勉強そのものがおもしろかったのです
 
 その年になんと消費税と財務諸表論の2科目合格を果たしますその自信がF氏の進路を変えるのです税理士を目指す決意を固めました
 
 翌年は会社を退職し受験浪人に入ります。生活は預金を取り崩しての背水の陣です。簿記論、法人税、固定資産税の3科目に挑戦しました。結果は法人税と固定資産税の2科目に合格そして受験3年目に残した簿記論に合格し税理士試験合格を果たしたのです
 
 経理経験もあり税理士登録はできましたが税理士の仕事については全くの未経験者です。専門学校の就職面談会に参加し紹介された個人事務所へ就職することにしたのです。
 
 税理士業務については経験が出来たのですが所長先生家族で運営していた個人事務所での限界を感じ半年余りで退職をします。個人の会計事務所での壁を感じたF氏は経験のある企業への転職を模索し大手製鉄会社グループの総合病院の経理職に就きました。
 
 医療業界の経理業務は良い経験にはなりましたが病院特有の資格者の集まりである人間関係に苦労し再度会計事務所への転職を考え人材紹介アイの求職相談に足を運んだのです。5年前の梅雨時でした。
 
 税理士を必要としている事務所への転職を勧め大阪のK先生の事務所を紹介しました。K先生とは30年来のお付き合いで業務内容も理解していたこともあり自信をもってF氏を紹介し採用となりました。
 
 そして2年半後に40歳になったF氏は生まれ育った神戸に戻り独立開業をしたのです事務所名に神戸市の市花の名を付けました
 
 今月、開業3年目のF氏の事務所を訪ねました。地元では有名で活気ある商店街の店舗の2階がF氏の事務所でした。
 
 開業して1年目は1件の顧問先からのスタートで生活の為に公庫から借金をしたとのこと2年目に何とか会社員時代の収入は確保ができ3年目の今年は4桁代の収入になり将来の展望が開けてきたとのことでした
 
 11月22日(いい夫婦の日)に付き合ってきた彼女を入籍しましたそして来年は店舗型の事務所を商店街の1階に開設したいと顔をほころばせます
 
 どうやらF氏にとって税理士は神様の良いプレゼントになったようです。12月は税理士試験の合格発表があります。また誰かが神様からのプレゼントを受け取るのでしょうか・・・。

 

たかが1科目、されど1科目

 「武士(もののふ)の矢橋の船は速ければ急がば回れ瀬田の長橋」は『急がば回れ』の語源となった歌と云われています。税理士になるには税理士試験に合格しただけではなれません2年間の経理実務の経験が必要となります。受験と実務のバランスをどう取るかは人により様々です。
 
 T君(当時23歳)が求職相談に来たのは5年前の1月でした。前年の税理士試験で法人税に合格し4科目を取得していました。T君は進学校でもある県立高校を卒業後大学へは進学せず税理士受験で有名な簿記専門学校へ進学します。
 
 理由ははっきりしていました。税理士になるためです。家庭の事情もあり祖父母に育てられたT君は祖父が経営する中小企業の役に立つ仕事として税理士を目指したのです。
 
 専門学校ではよいライバルにも出会い競い合いました。入学した年に税理士試験の受験資格となる全経上級試験に合格し2年目の税理士試験初回で簿記論と財務諸表論の2科目同時合格を果たします翌年の税法は結果が出ませんでしたが3回目に消費税法にそして専門学校を卒業した4回目に法人税法に合格しました
 
 あと1年受験浪人をすればおそらく最後の1科目には合格していたと思われますが、T君は祖父母にはそれ以上は甘えられないと会計事務所への就職を決めました。人材紹介アイからはS会計事務所を紹介しました。
 
 T君を紹介する半年前に所長のS先生とは人材採用の件でお会いしていました。日本の中小企業の為の日本一の会計事務所を創りたいそのためには同じ志をもった税理士が何人も必要ですぜひ税理士を目指す有為な人材を紹介してほしいとのことでした
 
 S所長であれば社会人経験のないT君を一人前の税理士へ育ててくれるに違いないと思いました。T君は数事務所の面接を受験し自身の判断でS事務所に決めました。理由を聞くと面接の終了時に「今日は面接に来てくれてありがとう・・・」と他の事務所の先生とは違う目線を感じこの先生のもとで働きたいと思ったそうです
 
 T君が入社した年にリーマンショックが襲いました。不景気の嵐は日本を直撃しましたがS事務所は急成長を続けます。新入社員で入った年は経営方針発表会でS所長の云う次年度の事務所像が実現するのかと他人事のように思っていたT君は、自身も当事者として実践する中で翌年度には夢が実現されることに驚きました。
 
 入社して5年半になるこの間に社員は倍増し税理士法人となり支店も海外を含め5拠点へと急展開しましたT君はその1拠点である支店の幹部として地方に赴任しています。入社3年目までは最後の1科目を受験していたそうです。
 
 ただ事務所の急成長に伴い求められる仕事のレベルも上がりやりがいにも繋がりました。支店に赴任してからの2年間は受験からも遠のいてしまったとのこと。
 
 来年T君は30歳になります。久しぶりに赴任先のT君へ電話をしました。「この5年間は仕事にどっぷりとつかりましたが事務所と共に成長できたと実感しています後悔はしていませんが税理士になる夢は諦めてはいません自分が税理士になることは事務所にとっても役に立ちます来年からは再度税理士になることを考えて仕事にも励んでいきたいと思います」T君の元気な声が受話器から聞こえてきました。
 
 S税理士法人のホームページにスタッフ紹介のページがあります。Tくんの優しさ溢れる笑顔の写真とプロフィールが書かれています。好きな言葉の欄にはフランシス・ベーコン(哲学者)の次の言葉が記されていました。『人生は道路のようなものだ一番の近道はたいてい一番悪い道だ
 
 税理士になったTくんに会ってみたくなりました。

 

志は高く、腰は低く

 今月(7月)の24日の夜に天満橋の会計事務所へ所長のS氏を訪ねました。大川に面した事務所の面談室から向こう岸に続くかがり火が川面にゆれていました。聞くと天神祭りの宵宮とのこと。 4年前に自宅で独立開業をされその1年後に上記の天満橋に事務所を移転されたのは挨拶状で知ってはいましたが初めての訪問でした。
 
 S氏と出会ったのは14年前の春でした。その頃から税理士試験にも会計士試験、司法試験のように大学を卒業しても就職をしないで受験浪人をする方が増えていました。S氏もその一人でした。
 
  求職相談に来られた時は前年の税理士試験で最後の1科目となった税法科目に合格していました。また、前年の税理士試験後に会計事務所に勤め税理士試験発表の12月末でその事務所を退職していたのです。退職した理由については失念していたので今回あらためて聞いてみました。「あの退職は解雇でした」とのこと。
 
 聞いてみると最後の税法科目を受験した後に会計事務所へ入ったのですが本人は心身ともに燃え尽き症候群に陥ってしまったとのこと。仕事をする気力が湧かずとうとう所長先生より引導を渡されたのです
 
  S氏は関西の有名私大を卒業しているのですが大学進学も税理士試験の受験もとにかく働く気力が出なかったのが選択の理由だったと云います。ただS氏は税理士試験に挑戦(大学3回生で簿・財に合格、卒業年に所得税・相続税に合格、卒業2年目に住民税に合格と4回の受験で税理士試験に合格)したことで志を立てれば行動に迷いがなくなり結果を出せる自身に気付きを得たと云います
 
 税理士試験後の会計事務所への就職は不合格になったらとの心の揺らぎもあり仕事に集中できなかったことが解雇させられた理由だったと懐かしさを込めて照れ笑いをしていました。
 
 税理士試験で合格を勝ち得たS氏は再度心の立て直しを図ります。 「一人前の税理士になる」と志を立てるのです。そして確定申告明けに人材紹介アイの求職相談へ足を運びました。今でもその時の印象が残像として瞼に映ります。何を言っても「はいっ!はいっ!」の返事が返ってきます。背筋を伸ばし真直ぐに相手の目を見て話す姿勢に好感が持てました。
 
 社会人としての経験がほとんどないS氏を紹介することは受け入れてくれる会計事務所を選ぶことから始めました。ほとんどの会計事務所は人材紹介会社へは即戦力を求めて実務経験者の紹介を依頼されます
 
 人材紹介アイからはある若手で堅実なK先生を紹介しました。開業8年目で堅実な成長をされていた事務所でそろそろ勤務税理士の採用も考えていました。結果はすぐに出ました。採用となりS氏も素直に受け入れました。
 
 それから10年、一人前の税理士を目指しひたすら仕事に励み事務所の幹部として手腕を発揮していました。そして、独立開業を決めたのです。ホームページには≪日本一腰の低い税理士≫と決意を示しました
 
 なぜ独立を決意したのかを今回聞きました。子供が病気になり入院した時、お見舞いに行くと不治の病にかかった子供病棟を通り抜けます。その度に人生に挑戦できる機会を与えられない子供もいる、自らは決してその機会を放棄してはならないと強く心に刻んだとのこと
 
 S氏は再度「自立する税理士」を志して自宅で開業したのです。そして今回の訪問となりました。天神祭りの宵宮が更けるまで話をしました。最後にS氏が云いました。 「開業して朝から夜は終電まで仕事をしています。今、何のために・・・と、自身に問う自分がいます」と。そして「答えは自分で必ず出します。新たな志を必ず立てます」と。
 
 明日の本宮が楽しみになりました。

W氏が二度開業した理由

 業界の資料によると税理士登録をされている9割以上の方が独立開業をされています。税理士業務そのものが一人で自己完結できる業務であること、背景には国の基幹制度としての税制が完成されたシステムとして機能していることがあると思われます。
 
 税理士の仕事は一人で独立開業できる魅力があるのです
 
 今回は勤務→独立→勤務→独立と二度の開業をされたW氏をご紹介します。W氏が求職相談にこられたのは9年前の正月松の内も過ぎたころでした。
 
 前年の税理士試験で4科目目の消費税に合格していましたが、科目合格の履歴を見ると大学を卒業した年に簿記論と財務諸表論に2科目合格し翌年には会計事務所に勤務しながら最難関の必須税法の一つである法人税法に合格していました。
 
 ところが4科目目の消費税法の合格までに何と8年を要していたのです。その間に個人事務所へ一度転職し税理士試験の専門学校での講師もアルバイトで数年されていました。
 
 なぜ法人税法に合格してから4科目目の消費税法に合格するまで8年もかかったのかW氏自身も結果としてそうなったとしか言いようがないと云います。毎年模擬試験ではトップレベルであり自信をもって試験にのぞんだ結果とのことでした
 
 税理士試験には魔物が潜むと云われます。その魔物とはまさしく税法の試験であるようです。いままで求職相談でお会いした方で4科目合格した後残りの必須税法に合格できず10数年挑戦している方を何人も見てきました。
 
 税法を制する者は税理士試験を制するといっても過言ではないのでしょう
 
 W氏の求職相談は資産税のコンサルティングに興味があるので同業務をされている会計事務所への紹介を希望しての転職相談でした。
 
 7年に及ぶ会計事務所での経験と専門学校での講師の経験もあり紹介した資産税に強い税理士事務所は即決での採用となりました。もちろんW氏の人柄が33歳の年齢にふさわしい社会人としての風格を感じさせたことも即決採用に繋がったようです。
 
 W氏は転職がモチベーションを高く維持させたのか翌年には最後の相続税法に合格し見事税理士試験に合格、同事務所で税理士登録をされた後も資産税の責任者として所長先生の期待に応えました。
 
 そして4年後に所長先生の援助も受け業務提携を前提に独立開業を果たしたのです。ところがそれから1年数か月してW氏から一通の挨拶状を受け取りびっくりしました。関西では有名な相続に特化した会計事務所へ就職したとのことでした。
 
 独立から勤務への経緯を聞きましたら税理士としての業務より付加価値業務としての相続コンサルティングを極めたくなったとのことでした
 
 W氏はその事務所で相続コンサルティングという責任を問われる激務をこなしました。そして1年半後に再度独立開業をしたのです。挨拶状には相続業務をコアにした事務所を目指しますとの決意が示されていました
 
 それから2年後、御堂筋に事務所を移したW氏に会いにいきました。「遠回りをしましたが税理士として挑戦したい仕事を見つけられたので後悔はしていません。これからが税理士としての本番だと思っています」42歳の働き盛りの挑戦する税理士の姿がそこにありました。

13年目の合格者=前編(Sくんの場合)

 本年の税理士試験合格発表(12月7日)まであと1週間となりました。昨年の合格発表日に官報で合格者の氏名を見ていたときでした。二人の氏名に目が止まり懐かしさがよみがえりました。調べてみると二人とも13年前に求職相談をさせていただき会計事務所へ紹介した方でした。Sくん(男性)とSさん(女性)です。
 
 13年前はお二人とも26歳でした。Sくんとは13年間年賀状のやり取りもありこちらから電話をさせていただきました。元気な張りのある声が返ってきました。「ありがとうございます。実はアイさんから紹介していただいた会計事務所は昨年末に退職し今年の試験には背水の陣で臨みました」とのことでした。
 
 合格祝いもあったのでSくんと飲みに行く約束をしました。久しぶりに会ったSくんとの飲み会は話が弾みました。ひとつの目標を手にしさらなる目標に向かうSくんの目はかがやいていました。13年前Sくんが求職相談に来られた時は、大手銀行を退職し簿記論・財表論はすでに取得し法人税法を受験した後でした。
 
 公認会計士事務所へ紹介したところ銀行での業務経験を評価されすんなりと採用まで行きました。受験した法人税法もその年の合格発表で合格を果たしていました。順調に行けば3~4年で税理士試験に合格するだろうと思っていました。なのに・・・、残りの税法2科目合格までになぜ13年もかかってしまったのか・・・を彼に聞きました。
 
 「間違っていました」Sくんの開口一番でした。Sくんの話はこうでした。必須税法である法人税法に合格したことも自信となりその後は毎年残りの選択税法を2科目受験し続けたとのこと、結果は6年目に1科目合格し残り1科目はさらに6年受験したが合格を果たせず40歳が目の前まで来てしまっていたこともあり、焦りも出てきて12年も勤めた会計事務所を退職し乾坤一擲、背水の陣を敷いたとのこと
 
 彼の失敗とは働きながら税法2科目を勉強したことだと云うのです。働き始めたときに欲張らずに1科目だけにしていたらと反省の弁を述べていました。さらに、最後の1科目に合格したその年の受験後の精神的なプレッシャーは軽いうつ病とまで診断されるほどのダメージだったとのことです。
 
 今年の春、Sくん、いや40歳を迎えたS氏は税理士として大阪のど真ん中、本町で独立開業をしました。そして猛暑となったひと夏が終わりワイシャツに汗の不快感を感じなくなったころS氏から電話が入りました。「運が良かったのか顧問先も少しづつ増えてきました。折り入ってご相談なんですが所員の採用を考えています。近いうちに事務所へ来ていただけませんか」とのことでした。
 
 会計事務所への人材紹介をさせていただいている私にとって何よりこの仕事をしていてよかったと思う瞬間でもありました。

 
後編(Sさんの場合)もご覧ください。

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