2013,9月
たかが1科目、されど1科目
「武士(もののふ)の矢橋の船は速ければ急がば回れ瀬田の長橋」は『急がば回れ』の語源となった歌と云われています。税理士になるには税理士試験に合格しただけではなれません2年間の経理実務の経験が必要となります。受験と実務のバランスをどう取るかは人により様々です。
T君(当時23歳)が求職相談に来たのは5年前の1月でした。前年の税理士試験で法人税に合格し4科目を取得していました。T君は進学校でもある県立高校を卒業後大学へは進学せず税理士受験で有名な簿記専門学校へ進学します。
理由ははっきりしていました。税理士になるためです。家庭の事情もあり祖父母に育てられたT君は祖父が経営する中小企業の役に立つ仕事として税理士を目指したのです。
専門学校ではよいライバルにも出会い競い合いました。入学した年に税理士試験の受験資格となる全経上級試験に合格し、2年目の税理士試験初回で簿記論と財務諸表論の2科目同時合格を果たします。翌年の税法は結果が出ませんでしたが3回目に消費税法に、そして専門学校を卒業した4回目に法人税法に合格しました。
あと1年受験浪人をすればおそらく最後の1科目には合格していたと思われますが、T君は祖父母にはそれ以上は甘えられないと会計事務所への就職を決めました。人材紹介アイからはS会計事務所を紹介しました。
T君を紹介する半年前に所長のS先生とは人材採用の件でお会いしていました。日本の中小企業の為の日本一の会計事務所を創りたい、そのためには同じ志をもった税理士が何人も必要です。ぜひ税理士を目指す有為な人材を紹介してほしいとのことでした。
S所長であれば社会人経験のないT君を一人前の税理士へ育ててくれるに違いないと思いました。T君は数事務所の面接を受験し自身の判断でS事務所に決めました。理由を聞くと面接の終了時に「今日は面接に来てくれてありがとう・・・」と他の事務所の先生とは違う目線を感じこの先生のもとで働きたいと思ったそうです。
T君が入社した年にリーマンショックが襲いました。不景気の嵐は日本を直撃しましたがS事務所は急成長を続けます。新入社員で入った年は経営方針発表会でS所長の云う次年度の事務所像が実現するのかと他人事のように思っていたT君は、自身も当事者として実践する中で翌年度には夢が実現されることに驚きました。
入社して5年半になるこの間に社員は倍増し税理士法人となり支店も海外を含め5拠点へと急展開しました。今、T君はその1拠点である支店の幹部として地方に赴任しています。入社3年目までは最後の1科目を受験していたそうです。
ただ事務所の急成長に伴い求められる仕事のレベルも上がりやりがいにも繋がりました。支店に赴任してからの2年間は受験からも遠のいてしまったとのこと。
来年T君は30歳になります。久しぶりに赴任先のT君へ電話をしました。「この5年間は仕事にどっぷりとつかりましたが事務所と共に成長できたと実感しています。後悔はしていませんが税理士になる夢は諦めてはいません。自分が税理士になることは事務所にとっても役に立ちます。来年からは再度税理士になることを考えて仕事にも励んでいきたいと思います」T君の元気な声が受話器から聞こえてきました。
S税理士法人のホームページにスタッフ紹介のページがあります。Tくんの優しさ溢れる笑顔の写真とプロフィールが書かれています。好きな言葉の欄にはフランシス・ベーコン(哲学者)の次の言葉が記されていました。『人生は道路のようなものだ。一番の近道は、たいてい一番悪い道だ』
税理士になったTくんに会ってみたくなりました。